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第76話 娘の最初の配当を、知らない患者の命へ使いました

last update publish date: 2026-10-22 20:45:14

第76話 娘の最初の配当を、知らない患者の命へ使いました

 灯の最初の配当を治療費へ使ってほしいと申請した患者は、二十八歳の倉橋怜という男性だった。

 AUR研究へ登録されたのは十年前で、当時の説明では、先天性の免疫異常に対する長期観察と治療支援を受けるだけのはずだった。しかし、本人へ知らされないまま心筋細胞を採取され、D細胞との反応試験へ使われた結果、通常の移植待機患者とは異なる管理が必要だと判断され、久瀬製薬の補償対象になっていた。

 今回の心機能低下が研究によるものか、もともとの疾患によるものかは確定していなかったが、どちらであっても、会社は治療費を負担すると過去の和解で約束していた。

 それにもかかわらず、患者補償基金は、財団への違法な資産移転を止めるため一部が保全されており、通常の入院費や薬代は支払えても、緊急の補助循環手術と専門病院への搬送費を、数時間以内に用意できない状態だった。

「会社が払うと約束した治療費を、なぜ灯の配当で立て替えなければならないのですか」

 暫定協議会が始まると

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    第74話 亡夫が残した全計画は、娘の十五パーセントを患者へ返すものでした 冬真が定めた七十二時間の開示期限は、灯の出生時刻から数えるものではなかった。私の炎症値が治療基準を下回り、灯の自発心拍が外部刺激なしで一定時間続いた時点を、母子生存の確認時刻としており、真奈が医療記録と研究口座の動作履歴を照合すると、期限までは二十一時間しか残されていなかった。「二十一時間後に、何が起きるのですか」「開示対象者へ、それぞれの個人記録が自動送信されます」と真奈が答えた。「澪さんだけではありません。灯さんの独立代理人、七海さん、朔也さん、現在確認されているAUR患者十一名、治療へ関与した医療者、患者補償基金の監督者が含まれています。ただし、全員へ同じ資料を送るのではなく、本人に関係する記録と、研究全体の説明書が分けられています」「患者本人へ知らせる仕組みまで冬真が作っていたのなら、なぜ生きている間に説明しなかったのですか」「開示条件を、研究が成功したあとに設定したからです。Aと母体が生存しなければ、全計画は公開されず、個人研究口座とともに削除される予定でした」「成功すれば説明し、失敗して私と子どもが死ねば、誰にも知られないようにしたのですね」「設計上は、そうなります」 冬真は、結果が良ければ自分のしたことを告白し、結果が悪ければ、私たちと一緒に証拠まで消えるようにしていた。生き残った私へ選択肢を返す仕組みに見せながら、選択できる時期を、自分の望む結果が出たあとへ移している。「死んだ人間へ、今さら卑怯だと言っても返事はありませんね」「返事のように見える記録は残っていますが、それを本人との会話だと思わないほうがよいでしょう」と真奈が答えた。「分かっています。それでも、彼の説明を読みながら言い返すと思います。返事がない相手へ怒るのは、無駄だからやめられることではありません」 芙美は、自動開示をそのまま実行させる前に、個人情報の振り分けが正しく行われるか確認する必要があると話した。冬真の設計を信用し、患者の記録を一斉送信した結果、別人の生殖情報や病状が混ざれば、被害を広げることになる。一方、確認

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    第73話 夫と義母から作られた胚は、すでに私の血液へ入っていました 雅世と冬真の細胞から作られたAUR‐011‐00が、今も残されている可能性を聞いたとき、私は、それを人として想像することができなかった。冬真の母親の卵子と、冬真自身の細胞から作られた存在を、灯やCと同じように、まだ生まれていない子どもとして考えればよいのか、それとも、人の発生過程だけを利用した研究組織として考えるべきなのか、どちらを選んでも、目の前の事実を自分が理解しやすい形へ押し込めることになる気がした。「確認させてください」と篠崎医師が言った。「ここに記載された冬真さんの細胞とは、精子ですか。それとも、体細胞から作られた多能性細胞ですか」 雅世は、自分の前へ表示された提供記録を読み直した。『冬真の精子ではありません。皮膚由来の細胞から作った人工生殖細胞と記載されています。私の卵子についても、通常の受精に使われたのではなく、核の一部を除去したうえで、冬真の細胞情報を導入したと説明されています』「つまり、母親と息子が通常の方法で子どもを作ったわけではありません。遺伝的に近い二人の細胞を組み合わせたことは事実ですが、何をもって胚と記録したのか、どこまで発生したのかを確認する必要があります」「通常の方法ではないと説明すれば、異常ではなくなるのですか」と朔也が尋ねた。「なりません。ただ、強い言葉だけが先に広がれば、実際に何が作られ、誰の同意が侵害されたのかが見えなくなります。私は、この場でAUR‐011‐00を、あなたの兄弟や、灯さんの叔父や叔母とは呼びませんし、単なる細胞とも決めません」「決めなければならないことばかり増え、名前を付ける前の存在だけが、また保存されるのですね」「だからこそ、今すぐ廃棄することも、今すぐ人として扱うことも避けます。記録と現物の状態を確認するまで、こちらの嫌悪感や同情へ結論を合わせるべきではありません」 篠崎医師の言葉は正しかったが、正しいから聞きやすいわけではなかった。冬真と雅世から作られたものが人ではないと早く決めれば、気味が悪いと感じた自分を正当化できる。反対に、一つの生命だったと考えれば、研究した者を残酷

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    第72話 義母は息子を守るため、幼い私を研究へ残しました 雅世の名前が表示されたあと、最初に動いたのは朔也だった。彼は保全端末へ手を伸ばしかけたものの、画面へ触れる寸前で止まり、代わりに自分の携帯電話を取り出した。「母へ電話する。今ここで、何をしたのか聞く」「待ってください」と芙美が制した。「久瀬雅世さんは、AUR研究と信託を巡る審理の関係者です。証拠保全庫の内容を伝えたうえで問い詰めれば、証言を合わせる時間を与えたと言われる可能性がありますし、会話の一部だけが録音されれば、澪さんたちが、都合のよい供述を強要したという材料にもされます」「では、母が自分から話すまで待てと言うのか」「待つのではなく、代理人を通じて、記録の残る面談を申し入れます。あなたが息子として怒ることまで止めませんが、その怒りを、相手側に利用されにくい場所へ置いてください」「俺は、息子として話したいのか、澪の夫として責任を問いただしたいのか、自分でも分からない。記録に残る場所へ行けば、正しい言葉を選び、母を責める側へ立てるだろうが、それで、家族として話したことになるのか」「正しい言葉を選ばなければ本音ではない、というわけではありません」と私は言った。「私も父の記録を読みながら、裁判へ使えるか、灯の株へどう影響するかを考えました。それでも、父に腹を立てた気持ちまで偽物ではありません。あなたが雅世さんへ会うなら、私は同席したいですが、私を守る夫としてだけ話さないでください。息子として、聞きたいことも聞いてください」「君の前で母へ、仕方がなかったのではないかと尋ねれば、君を傷つけると思う」「傷つくでしょうね。けれど、あなたが本当は事情を聞きたいのに、私のため、最初から母親を切り捨てたふりをするほうが、あとで困ります。私は、あなたから守られた結果、知らない場所で恨まれる妻にはなりたくありません」 朔也は携帯電話を握ったまま、何も表示されていない黒い画面へ自分の顔を映していたが、やがて芙美へ渡し、正式な面談を申し入れてほしいと頼んだ。 ところが、芙美が連絡するより先に、雅世側の代理人から面談の要請が届いた。父の証拠保全庫には、特定

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